ささめゆき (お侍 拍手お礼の三)
 



野伏せりに対抗するべく、神無村が腹一杯の米で雇ったは、
いずれも素晴らしく腕の立つ、そりゃあ頼もしい助っ人であるお侍様がたが全部で七人。
先の大戦の経験者が5人、未経験者がお2人という、
年齢も経歴も、特技も信条も、勿論の性格・個性も、
それぞれがそれぞれなりという粒よりで。

  ――― 侍は、体張ってナンボですから

とは、いつぞやシチロージ殿が苦し紛れに口にした一言だったが、
そんな言いようにて庇われた、当のキュウゾウ殿はというと。
当初キララが抱いていた“不信”こそは拭われたものの、
今は別な意味合いから…異彩を放つ行動をとっては、
主幹にあたる皆様を、驚かせたり困惑させたり。

  ――― いえね、頼もしい方なんですよ、本当に。
       いきなり開眼なさったそのまま、我が道をゆかれていた、だけのこと…。



侍に間違いはないものの、
暇つぶしに忍びの心得まで体得したのではなかろうかと思えるほど、
身が軽いわ、気配に聡いわ。
何十m単位に切り立っていた崖の、その底にまで。
命綱もなく降りてって、
重くて大きな 野伏せり用の銃を担いでの両手塞がりのまま、
軽快に登って来れるのは確かに半端じゃあない。
そんなまで優秀な人物なので…という区別があってのことではなかったが、
あれはまだ、村の周縁への堡の整備が済んではいない段階の頃のこと。
こちらの構えたる、それは大掛かりな防戦体勢。
見張りに伏せている野伏せり側の監視に引っ掛かり、
万が一にも悶着が起きてしまっては、農民では対処し切れまいということから。
一番防壁の薄い準備段階の間だけは、
腕に覚えのある侍たちが、順番で周縁への哨戒へと回っており。
その日の当番だったキュウゾウが、出先から文を寄越して来たのが問題だった。

 「伝言?」

村の北東に位置する滝壺付近にて、
不意に立ち止まると懐ろから矢立てと巻紙を取り出だし、
それはなめらかに さらさらさらと。
何かしら したためてから、
これを詰め所へ届けてほしいと頼まれたという男衆が、駆け込んで来て。
あまりに冴えた厳しいお顔だったキュウゾウ様だったもんだから、
これはとっても大切な文に違いない、一刻も早くカンベエ様へお届けせねばと、
息が切れるのも物ともせず、一目散に村の中央まで、
結構な距離があったのを一息で駆けて来て下さったらしいのだが、さて。

 「………。」
 「? どうされました? カンベエ様。」

表の紙を取り、二つに畳まれた本紙を開いて…そのまま。
気のせいだろうか、眉根を寄せた首魁殿。
困ったように唸っておられる様がお珍しくて、
はは〜んとシチロージの思いが至ったのが、

 「さてはとんでもない悪筆でしたか?」

寡黙で地味かと思いきや、
金髪に結構大胆なあの紅衣という
いで立ちの派手さを相殺して有り余るほどの、剣戟戦闘の達人だったり。
一応は礼儀も心得ており、折り目正しい立ち居振る舞いをするかと思や、
とんでもないところがごっそり抜け落ちてる困ったお方。
伝言を寄越したものの、解読出来ないほどの悪筆だったとか、と。
落とし噺のオチでも見透かしたような声をかけて来た 元・副官へ、
「いや。その逆だ。」
カンベエ様がお主も見てみよと差し出した書面。
失礼しますと一礼してから眺むれば、
「これはまた…見事な達筆ですねぇ。」
それは見事な書を指して“水茎の跡も麗しく”なんてな言い方があるが、
ほんの数行の“それ”は、そのまま掛け軸に装丁して床の間に飾ってもいいほどの傑作で。
墨の濃淡までもが絶妙な配分となって効果を及ぼして、
なめらかな線が颯爽と、だが流麗に。
風になびく若い柳の枝のごとく、はたまた無情の風に舞い散る桜花のごとく、
いつまでもしみじみ眺めていたくなる不思議な趣きで書かれているものの。
草書体への字の崩し方が取り留めなさ過ぎて、
「で? なんて書いてあるんです?」
「それが一向に判らんのだ。」
剣技や体力、様々な事態へ応用が利くだけの戦術の蓄積、
機転への即妙な反射などなど、侍としては一線級だが、
一見、世捨て人のような風流人にも見えるくせ、
そんな風雅を解さない身なのへは大いに自覚もあるカンベエで。
顎ひげを撫でながらじっと眺め続けているものの、
一向に内容が浮かび上がって来ないらしくって。
「はて。
 ですが、あのキュウゾウ殿が そうそう古めかしい書体を知っているとも思えませんが。」
今、あの若さだから尚のこと、
大戦中は、文官というよりも前線で体を張って刀を振るっていたクチに違いなく。
お偉方がお使いの花押だの、正式な高等文書の雛型などに
(よしみ)が深いとも思えない。

 「よもや、暗号、なのではありますまいか。」

この神無村がどういう土地かは、
初日のうちに、カンベエとゴロベエ、二人の主幹が一通り見て回ってもおり、
勇壮な滝もまた、防御の要衝となろうと把握してはいたものの、
そうそういきなりの破綻が生じたとも思われず。
それほど深刻に構えることもなかろうと思っていたものが、
「斥候が早くも現れたとか、そんな報らせであるのやも。」
「むう…。」
いっそ長老のギサク殿に読んでもらいましょうか、
だが、それでは要らぬ心配をかけはすまいか、
急を要すことならば、そんなことを言ってもおられまいでしょう、
あのキュウゾウ殿が言って寄越したほどのことですよと、
大本営、若しくは作戦本部の主幹二人が、妙に深刻そうなやり取りをしているものだから、
表を通りすがった村人たちも何事だろかと注目を寄越して来。
果ては、通り過ぎかけていた人物までもを呼び込んで。

 「どうなされた、お二人とも。」

古廟の砦とは別に、村の周縁の要所要所にも、
防衛の要にして監視の足場ともなろう“堡”を築くため、
総括役を担当しておられたゴロベエ殿。
荷車や縄などの物資補充にと、村の中央部まで戻って来られたらしいのが、
ここの騒ぎに引き寄せられたらしいのだが、

 「おやこれは懐かしい。寒ぶり流ささめゆき、ではござらぬか。」
 「………はい?」

カンベエとシチロージが取り沙汰していた書を見やり、
こちらは打って変わって、おやおやとお顔をほころばせたゴロベエ殿。
ここにヘイハチ殿がいらしたならば、
『どこの米の銘柄ですか?』と訊いたかもしれない呼ばわりよう。
ということは、

 「ゴロベエ殿には、これが読めるのですか?」

シチロージが身を乗り出したのへ、うんうんと大きく頷いて見せる。
「懐かしいですな、これは南軍で流行っておった“艶書”用の書体でござる。」
「…艶書?」

 おやおやぁ?

「何でも、結構著名な書家が前線近い部署へと配置されましてな。
 まださほど戦火も激しくはなかったおり、
 羽目を外して色街へ通っておったのがばれて、謹慎の身となった。
 だが、彼の筆になる艶書が、どういう経路を経たものか金満家たちの間で人気を集め、
 それから所謂“流行りもの”となりましてな。」
ちょいと独特な崩し方の成す、この流麗な線はどうだろうということで。
美しさまでを再現出来る者はさすがにそうは居ませんでしたが、
まま流行りものなればの遊びということで広まっていたので、
南軍の者なら多かれ少なかれ覚えがあると、
「…そういや、キュウゾウ殿は南軍出身者ですよ。」
「だが…軍に居た頃となると、まだ十四かそこらではなかったか?」
それが“艶書”に縁があろうとは思えぬが。
こうまで書けるのならと、代書でもやらされていたんでしょうよ。
「そんなことより。」
カンベエ様、夢を壊されたかないのは此の際置いといてと言わんばかりに、
妙に強気の古女房。
不器用者な次男坊がもしやして、危急にあるなら大変だと、真摯なお顔で書を差し出して、
「ゴロベエ殿、して此処には何と、書いてありますのか?」
切迫した声で尋ねたところが、

  「滝壺に到着、異状は無し。しばし、留まりてから帰る、とある。」
  「………はあ?」

ちょっと待って下さいな、それって…と、内容を反芻していた副官さんの肩越しに、
「おお、キュウゾウ殿、戻られたか。」
ゴロベエ殿が戸口のほうへと笑顔を向ける。
釣られるようにそちらを向いたシチロージが、
「?」
見やられた側の、金髪痩躯の若侍さんが随分と怪訝そうなお顔になったほど、
複雑そうなお顔をして見せたのは言うまでもなく。
そして、

  ――― いいですか? キュウゾウ殿。
      伝言というものは、相手に内容が伝わらなければ意味がありません。

      ………。(こくり・頷)

ちょっとそこへお座りなさいと、正座のお膝を突き合わせ。
大方は勝手に心配した反動からの八つ当たり、
人騒がせな次男へ、懇々とお説教をおっ始めてしまったそうで。


  ――― 神無村は、今のところは平和なようです。
(苦笑)




 *先日UPしました、お礼SS第三弾は、
  ちょぉっと内容が一般公開向けではなかったので、
  こちらと差し替えさせていただきます。
  こっちもこっちでツッコミどころは満載でしょうが。
(苦笑)

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